存在。この不思議な感覚。

 最近描いた絵を眺めていたら、「存在」という言葉が浮かんできた。不安から逃れるために絵を描き始めた私にとって絵画という存在はいったい何なんだというのがずっとあった。それは「不安」と「存在」というのがセットになっているからかもしれない。不安だから何かを求める、その何かというのが存在であるわけだ。だからこれこれが私にとっての絵画です、という訳には行かなかった。それは対象物としての風景画だったり、抽象画ではなかったからだ。「絵画する」こと自身を表現したかったのである。うまく伝わっているかなあ。
 存在を感じることは何かイメージに還元されない、感覚自体というか、原初的な事態に遭遇している気がする。
 存在の話を始めると私は哲学者ではないので、作品において存在を感じる、で終わってしまう。でもその終わってしまうという事が大事なのであって、見えているようで見えていないところが描かずにはいられない所かもしれない。