描くとはどういうことか?

 随分間が空いてしまいましたが、書きます。職場の知的障害者施設での出来事。 
 利用者の方で、絵を描くというとアンパンマンなどを描いている方がいました。彼に何描いても良いんだよ、と促している中で魚を描いている時でした。魚の輪郭を描いた後、魚の胴体を色んな色のマジックで縦に線を引いて塗り始めたことがありました。私はとっさに、「アッ、描いてる」と思いました。
 
 その後彼に絵の具でパネルに描くことを提案しました。しばらく彼のスタイルとして動物の正面の輪郭を先に色彩豊かに描き、その上からカラフルなストライプを重ねる方法が続きました。描いている彼を見ながら、何か求めているイメージを描く以前に筆で描くこと、絵の具の色と色が混じりあう姿を見ているのが楽しいと伝えて来るようになりました。
 
 この頃の彼への評価の仕方は絵を描く行為に没頭しており、それが彼なのだ、その積極的な姿が彼だと思い込んでいました。もちろん、作品自体は彼独特の色彩と深さがそこにはありました。その彼への評価の転機が、パネル画が少しマンネリ化したこともあって、近くにあった角材に絵を描くことを提案した時でした。彼は楽しそうに角材に絵の具を塗り始めました。しかし、効率良く塗るわけではなく、しかも何かを描くわけでもない、色を重ねて透けたり、混じり合ったりする様を彼は楽しんでいました。その証拠に彼の目が見開いているではありませんか。角材の6面に描き立体的な絵画が誕生しました。その角材は面ごとに違う色が塗られ、彼の中の「色の帯」が違った形で具現化されていました。
 
 角材絵画は多く描かれ、深度を増し良い作品を産み出しました。しかし、少しマンネリした感じもあったため、違うスタイルを検討しました。そこで、同じ木ですが平たい板に描くことを提案しました。どのように彼が描くのか見守りました。彼は描く面積が角材と変わったため筆の動きに戸惑っていました。これは角材絵画の時にも見受けられ、時々自分で筆の方向を変えていました。この時にも彼は何かは分からないが描いているのだなと思いました。
 また彼のこれまでの制作の中で「色の帯」が何かのイメージの源泉であることは何となく感じていました。彼は描き終えた板をひっくり返して裏にも描き始めました。これは角材絵画の延長だと理解しました。筆の動きは縦から横へ時には斜めにもなりました。その時板一面を一色で塗り重ねていたので、違う色を使っても良いのだと提案しました。違う色が入るとイメージを掴んだのか、のた打ち回る筆の動きからツートーンの深い彼独特の世界が生まれました。