松下誠子のパラフィンンドレス。

 松下誠子主催のパフォーマンスSecurity blanketの打ち合わせに参加した時のことを報告。場所は渋谷のLE DECOというビルの4F。エレベーターを降りて部屋に入るとすでに参加される人達がいた。面識のある方はいなかった。事前に自分がパラフィンドレスを着てパフォーマンスをすることを想像はしていた。パラフィンドレスとは、文字通りパラフィン紙で出来たドレスのことだ。以前に鵜の木にあるHasu no hanaでパラフィンドレスは目撃していた。その時はインスタレーションされていて象徴的な要素として理解していた。ただその展示を見て、松下の実存的な感覚が自分には興味深く、その境界的な感覚に惹かれていた。
 ここからは実際ドレスを着てからの話。自分は男性なので長袖のシャツとくるぶしまであるズボンを履いた。覚悟はしていたが、全裸の上でのパラフィンドレスの着衣である。まずは自分が全裸であることよりもテープで留めただけのズボンが落ちやしないか心配だった。次に意識に上ったのは床がコンクリートであったため、素足でいることの違和感を感じていた。周りの参加者もみんなパラフィンドレスに着替えていた。みんなが松下の作品の一部になりつつある。しかし自分はそんな客観的なイマジネーションが働くわけも無く、ただひたすらパラフィンドレスを身体で感じていた。意外だったのはパラフィン紙が空気を通さないため暖かいのだ。そこに、最初に感じている全裸に半透明のドレスを着ているという観念からのズレを体験する。次に自分の皮膚に当たっている部分のパラフィン紙と自分の周りを覆っているパラフィン紙との差異を感じ始める。これは特異な体験だと感じた。自分が違和を感じる層が2層あり、一つ目が自分の身体に直接触れている私しか感じていない部分。二つ目が周りの人が見ているパラフィン紙の外側の部分。そしてそこを繋いでいる私の体温で暖められた空気が間に存在している。しかも鏡はそこにないので自分がどう見えているのか確認出来ないのである。
 そばにいた人に何だか自分では無くなったみたいで面白いですね、と自分は言った。その後実際のパフォーマンスの練習をし、パラフィンドレスを着てその辺をウロウロ歩いた。そこで初めて自分が演技をしなければならないことに気が付く。しかし、自分がどう見えているかが分からない私は闇雲に歩くしかなかった。その内に演者の撮影が始まった。そこでスチール写真を撮ったが、初めてそこで自分が松下の作品世界と接触していることに気が付いた。それは松下作品に共通しているファンタジーと現実の通路のことだ。他の演者は慣れていて松下作品と上手に触れていた。その時に一人一人のポーズの中に絵(ファンタジー)が見える瞬間があった。不思議な体験だった。
 パラフィンドレスを着てから大分時間が経った。緊張と疲れもあったせいか段々元通りの自分に戻りたい不安に駆られるようになった。着替え終わったパラフィンドレスは所々が破けていた。慎重に動いたはずだがと思った。
私は普段「私」であることの違和感を抱えていると感じていたが、パラフィンドレスを着て感じたことは、実際どう見られているかを考える「私」が分からず、自身の身体を感じる「自分」とが分裂した時、強烈な体験をしたことは確かだ。この原稿を書き終えた瞬間松下がパラフィンドレスは「第二の皮膚」と言った意味が少し分かったような気がした。